人猫族の娘(第百五十八話)

 ミオン一行を乗せた馬車は走り続け、やがて遠くに青くかすむ衝立のような山塊が見えてきた。
「ああ……あの山の向こうが帝都だよ」ミオンが不機嫌な顔で言う。ミオンが目覚めてから、ここまで五日、いくら乗り心地の良い馬車でも一行全員に旅の疲れが見えていた。それ以前の旅も含めればミオン一行はこの大陸に来てから、殆どが旅の空だった。鞘探索の旅なので仕方ない事ではあった。馬車の御者はいつの間にか、人猫族の男から体格の良い見知らぬ人間族の男に代わっていた。彼は傭兵ギルドに所属していて、時々帝国の仕事を請け負っていると言った。その男は無口でミオン一行とは余り関わり合いになりたくないようだった。
 やがて一行を乗せた馬車は、山の麓にさしかかった。そこには厳重な関門のような物があって、行く手を阻んでいた。馬車はその手前で速度を落としたが止まることは無かった。 御者台の男が手にしていた小さな金属片を関所の番兵に向かって差し出した。それは皇帝牌のようだった。番兵はそれを一瞥すると、急いで関所の門を開く。そのまま馬車は止まること無く関所を通過した。その先には暗い、巨大な穴があった。
「なんだ、あれは!」ムーア隊長が驚いて叫ぶ。
「帝国が誇る『魔導士の隧道』だよ、前に見える山脈の下を貫いて、帝都に続いている。皇帝の命により魔導士ギルドの威信をかけ、十年近くの年月を費やして完成させた隧道だよ」ミオンが説明している内に、馬車は隧道に突入した。馬車馬はなれているのか、速度を落とすこと無く、そのまま突入する。
 馬車の中は一瞬、暗くなるが直ぐに天井の照明が灯り明るくなる。
「ここの通行料はね、バカ高くて、小商人や庶民は、昔ながらの山越えの道を使って帝都を目指す。ここを利用できるのは豪商か、魔導士ギルドに顔の利く上級魔導士、上級貴族くらいのものさ」ミオンが醒めた口調で言う。
「しかし、恐ろしく長大なトンネルだな。出口の明かりが全く見えてこないぞ」御者台の窓から先を覗きながらムーア隊長が言う。
「ああ、大事業だったからね。人猫族の王国も相応の負担を強いられたよ。帝都はもともと死んだ皇帝の廟所として作られ、それを守る者達の小さな村から始まったんだ。周囲を山に囲まれた巨大な湖の畔、風光明媚な場所を皇帝は死後の憩いの場所として選んだ。もともと交通の便の良い所じゃ無かった。そこをこの巨大な大陸を統べる皇帝の御座所、帝都にしてしまった。色々と無理、無茶をしてね。この隧道も土魔法を使える魔導士を大勢招集して結構無茶な工事をした。途中落盤事故などあって大勢の魔道士が死んだ」
「我も、老魔導士の記憶として、その当時の苛酷な状況はしっておるぞ、強大な魔力持ちの魔導士が最後の魔力を振り絞っておった。隧道の中は死屍累々の有様であった」
 ミオンと使い魔の言葉に、不気味なものを感じてムーア隊長はトンネルの闇から目を逸らした。
「気をつけるんだよ、この隧道には今でも事故で亡くなった魔道士の亡霊がうろついていると言われる。取り憑かれないようにね」ミオンが真面目な顔でいう。震え上がるアザミ。「そ、そんな冗談ですよね……」怯えるアザミをみて笑いを押し殺した真面目な顔で首を振るミオン。
「私は魔導士の亡霊の話を聞きたい、どんな土魔法の術式でこんな巨大なトンネルを作ったか知りたい」ポルカが目を輝かせて言う。
「ありゃ、ポルカはこの手の話が怖くないの。怪談話は面白く聞くタイプ?」ミオンが少し失望したように言う。
「うん、興味深いだけ」
「我が主よ、言っておくが亡霊はただ恨み辛みを述べるだけ、筋道だった話など聞ける訳がなかろう」 ポルカに忠告する使い魔。mion2-126
「そう……じゃあ出なくても良い」ガッカリしたように言って目を閉じるポルカ。
 その間も馬車は暗い隧道を走り続けていた。時折、向こうから明かりが見えて近づいて来る。それは対向する馬車だった。隧道は巨大な馬車がそのまま、速度を落とさずすれ違うほど広かった。

 人猫族の娘(第百五十九話)に続く。 過去作品はトップページ