人猫族の娘(第百四十七話)

 同じ頃、人間の王国、宰相の執務室。一人頭を抱える宰相。そこへ、魔法軍の最高司令官(魔法使いの長)が入室してくる。
「何か問題があったのか?」白髪の、しかし矍鑠とした男が宰相に向かい尋ねる。
「恐れていた事態が現実になった。聖なる銀の情報が獣人同盟に漏れた」
「なんと!どこから漏れた」
「和平条約締結後の懇親会だ。仲間内のひそひそ話しを盗み聞きされたようだ」
「愚か者ども!あれほど獣人族の異能には注意せよと警告したのに」憤懣やるかたない真穂使いの長。そこへ、宰相の部下が息を切らせて入ってくる。
「宰相閣下、閣下の予測通り、大陸向け獣人同盟の商船が出航しました。予定の出港日より一日遅れています」
「たった一日で、ポルカ達への討伐部隊の人選を終えたか……さすがだな」宰相が感嘆した様に首を振る。
「感心している場合か、この後の対応はどうするのだ」
「ポルカへは『夢の回廊』を通じて警告を発してくれ。後は……帝国の魔導士ギルドとの通信は可能なのだな」宰相が魔法使いに聞く。
「ああ、ポルカが魔導士の塔からの遠距離通話を可能にしてくれた。それはそのまま維持している」
「そうか、それは良かった。そこから、皇帝陛下へ、通商協定と、ポルカ達の保護を願い出よう」
「待て!ポルカ達の情報を帝国側へ教えるのか」
「仕方あるまい、ポルカ達が獣人同盟の追っ手に聖なる銀を奪われれば全てが終わるのだからな。帝国に無断でポルカ達を送り込んだ事に対する帝国の非難は、甘んじて受けよう」「あの当時は、皇帝や帝国の動きが全く読めなかったからな。ポルカからの連絡で帝国の構造も魔力によって維持されている事が推察できた。従って我々の提案は受け入れてくれる可能性は大きい」
「それより、大海に出た獣人同盟の船を沈めてしまえば良いのではないか、制海権は我々が握っているのだぞ」魔法使いの長の言葉に首を振る宰相。
「駄目だ、船には獣人同盟が雇った魔導士が乗っているはず。我々が攻撃したことは隠せぬ。たちまち条約違反で、あの悪夢の戦争が再開されるぞ!」
「確かに……お前の策が最善か……」苦い顔で頷く魔法使い。
 ビオ大陸。
 夜中に目覚めるポルカ。寝汗を拭う。
「ひどい夢を見た……これはひょっとして夢の回廊からの警告……」考え込むポルカ。
「どうしたの?随分うなされていたわね」傍らで眠っていたミオンが眠そうな声を掛ける。「御免……嫌な夢をみた。只の夢なら良いけど」
「うん?気になるわね。どんな夢をみたの」ミオンの瞳が闇の中で光る。
「獣人同盟の追っ手が、この大陸までやって来て私達に攻撃を仕掛けるという夢」
「う~ん、今まで考えに入れなかったけどその可能性はあるわね。あの連中なら『聖なる銀』の秘密を嗅ぎつけてくるかも……」
「……これは王国の魔法使いから送られたきた警告かも知れない」
「わかった、朝になって皆が目を覚ませたらこの事は話しておきましょう」
 ミオンの言葉に安心した様に頷くポルカ。
「さあ、まだ夜は長い。明日に備えて寝ておきましょう」ミオンが優しくポルカの身体を掛け布団の上から叩く。……まるで母さんみたい……ポルカがそんな思いを浮かべつつ安らかに眠り込む。
 ミオンはポルカが眠ったのを見届けながら厳しい顔で宿の天井をみあげ思案にふけっていた。
 
 人猫族の娘(第百四十八話)に続く。 過去作品はトップページ