人猫族の娘(第三十三話) 帝国料理の食堂
「あんたみたいな子供が賭け事で儲けよう何て無茶だぜ…」案内役の男がミオンの行き先を聞いて忠告する。
「大丈夫、博打場が何所にあるのか分かればいいから…ここらで一番大きな非合法な博打場に案内して…他にもあるなら、出来たらそこも案内して」ミオンの申し出に、首をかしげる男。
その夜、王都一の賭博場に一人の女の姿があった。黒いドレスを身につけたその女はまだ若かった。新来の客は誰かの紹介が無ければ入れない、この場所にいる彼女は誰も知るものが無かった。そして注目する者も…賭け事に熱中して血走った目をした者達と違って彼女は人々の死角に入り込み、冷静な眼差しで、人々の動き特に従業員の動きを観察していた。広い博打場にはカード、やサイコロによる賭け事が何カ所かで行われていた。
翌日になり、その賭博場の一夜の売り上げが全て何者かによって奪われた事が判明した。その手口は、営業が終了した後、売り上げを警戒厳重な一室で数えていた時、その場の全員がどういうわけか強烈な眠気に襲われ。眠り込んだところを、計算中の金を全て奪われたというものだ。本来なら、非合法の賭博所であり、公的調査機関に訴え出ることは不可能だったが…裏で出資して分け前を得ていた有力貴族が、管理していた港の地下倉庫が荒らされ、高額な品物が盗まれたと言う口実を設けて調査を依頼した。しかし、魔法使いも参加している強力な捜査機関も全く手がかりを見つけられなかった。それから王都にある他の博打場も似たような手口で襲われたという噂が広まった。ミオンを博打場に案内した男は…場所を教えた所が軒並み荒らされたのは偶然の一致だろう…と浮かび上がる疑念を振り払った。一応腕は立つらしいが、あの小さくて弱そうな見かけの少年が賭場荒らしをするとは考えられなかったから。
それから更に数日が経過して…ぼんやりと港から海を眺めているティオの前に一人の女性が現れた。奇麗に整えられた黒髪に白髪のまじった老齢のその女性は穏やかな声でティオに語りかけた。
「坊やは、この間帰港した交易船に乗っていた炊ぎ見習いのティオって子だね?」
「はい、そうですが…あなたは」
「私はティゲル、夫の弔慰金で食堂を開きたいの…でも、私は料理に関しては素人、そこそこ上手だとは思うけど…普通にやっては繁盛しないと思うの、そこで貿易港の立地を生かし珍しい帝国の食材を使ってビオ大陸の料理を作って出すことにした。幸いいくつかの帝国料理のレシピを手に入れたの、でも私は実際に大陸に行って本場の料理を食べたことは無い。そこで大陸に行ったことのあるあなたに私の作った帝国料理の味を見て貰いたいわ…休暇中なのでしょう…でも良かったら仕事を手伝ってもらいたいのよ」 ティゲルの言葉を聞いて瞳を輝かすティオ。ティオの家は貧しく、次の航海まで遊んでいるわけには行かなかった。調度、何か働き口を探そうとしていた所だった。自分の本来の仕事と近い職場で働けるのだったら何も言うことは無い。
「ありがとうございます。是非、お願いします…でも」そこで口をつぐみ心配そうに首をかしげる。
「で、でも僕、帝国の料理を食べたと言っても港の安っぽい食堂で何回か食べたことがあるだけなんですが…」
にっこり笑って首を振るディゲル。
「大丈夫、それで充分よ…そんなに高級な料理を出すつもりはないからね…」
それからティオに店の場所を教え、明日、午前の十点鐘に来るように伝えた。
翌日、ティオは一張羅を着て教えられた店に向かった。そこは港の大通りから一つ外れた路地裏にあった。古い小さな食堂を居抜きで買い取り、少し手を加えた店のようだった。「時間通り、良く来てくれたわね」老婦人に笑顔で迎えられるティオ。五つほどあるテーブル席の一つにティオを座らせ。
「少し、まっていてね…」そう言って奥の厨房に引っ込むディゲル。奥から良い匂いが漂ってくる。ティオのお腹がグーと鳴る。試食をさせてもらうと言うことで、ティオは朝食を抜いてきたのだった。貧しい家庭では一食でも節約になればとても助かる事だった。
暫くして、ティゲルは、トレイに載った小皿に何種類かの料理を盛って持ってきた。それはティオが見たことがある料理と見たことが無い料理が半々だった。
「さあ、どうぞ召し上がれ…」ディゲルが優しい声で言う。
「頂きます」ティオが小皿の料理に手を付ける。一口、口に入れてゆっくり味わって咀嚼する。目を見張るティオ。
「あなたが食べた帝国の料理と比べて味はどう?」すこし心配そうにティオをみるディゲル。
「大体の感じは同じです…でも、味はこっちの方が比べものにならないくらい美味しいです…」短く答えると次の皿に取りかかるティオ。
「ああ、これも美味しい…」ティオの言葉にほっとしたように微笑むディゲル。
人猫族の娘(第三十四話) 帝国料理の店 に続く。 過去作品はへ
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