旅するポルカ(第百九話)

 翌朝、冷たい雨は明け方には降り止んでいたが、代わりに深い霧が立ちこめていた。
「この霧じゃあ…速度は出せねえな、今日中には目的地に着きたいんだが…」
 御者台で地図を睨んで呟くジュール。
「私の風の呪文じゃあこれほどの霧を吹き飛ばす事は出来ない…」
 御者台の横で同じように地図を見ているポルカ。
「まあ、ゆっくり行きましょう。船が到着するまでまだ大分掛かるみたいだから…」
 騎乗のジーラがのんびりとした口調で言う。
「今日は霧で海、見えないんですね…」馬車の窓から首を出して少し寂しそうに言うアレン。
「案ずるな小僧…我の予見ではこの霧は昼前には晴れて来るであろう…」
 用心したのか、アレンから少し離れたところに出現した使い魔が言う。
「あなたの予報は当てに出来ない…この前も間違えた…」ポルカが厳しい口調で言う。
「あれは魔力が全然足りていなかったのだ…我が主よ…今日は信用してくれて良い」
「本当に晴れてくれればいいですね…」アレンが無邪気な口調で言う。
「そろそろ出発する。…相変わらず、見通しが悪いな、ジーラも今日は無理をするなよ」
「了解、あなたも気をつけて。崖が近いから居眠りなんかしないでよ」
「おい、俺をなんだと…」
 怒るジュールを尻目に、さっさと馬を早駆けさせ、霧の中へ消えるジーラ。
「くそ、好き勝手言いやがって…」そう呟くと馬車を動かすジュール。
「心配してくれている…」ポルカが取りなすように言う。
「わかっています…使い魔殿の予報を信じて、最初はのんびり行きましょう…」
「うむ、それが良い…道も少々ぬかるんでいるようである…」馬車の前を飛びながら使い魔が言う。
「あんまり飛び回らないで、魔力を溜めておきなさい…」ポルカがたしなめるように声を掛ける。
「おう、そうであった。暫く自由に動けなかったので、ついつい嬉しがってしまった」
 大人しく、ポルカの肩にとまる使い魔。
 昼近くになり、使い魔の言った通り風が吹き、霧が徐々に晴れていった。しかし、今度はつめたい風が止む事無く吹き続いた。
「こいつはたまらねえ…ポルカさん、風邪をひくから、馬車の中に…」マントを身体にピッタリ巻き付かせジュールがポルカに言う。
「そうした方が良い…我が主は良く風邪を引く…」
「わかった…」大人しく頷き、ジュールが止めた馬車の中へ入るポルカ。
 入れ替わりにアレンが馬車から勢いよく飛び出してくる。
「かわりに僕が外へ出ます…」
「殿下…大丈夫ですか、風がとても冷たいですよ…」心配そうにジュールが言う。
「大丈夫…これくらい平気です、それより、せっかく霧が晴れたのだから外の景色をもっと見たい…」そう言うと身軽にジュールの隣に飛び乗る。
「では…寒くて辛抱できなくなったら遠慮しないで言ってくださいよ」馬車を走らすジュール。
 アレンの望み通り空は晴れ渡り、青い海は遠くの水平線まで見渡せた。強い風に髪をなびかせ、目を輝かせながら辺りの景色を楽しむアレン。
 そこへ、ジーラが戻ってくる。
「もう少し行った所に、小さな川が流れている、そのまま崖下の海に流れ落ちているわ」「この馬車で、渡れるのか」
「短い丸太を何本も並べた橋が渡されているわ…頑丈そうだから渡れると思う…」
「よし、そこら辺りで馬車を止め、昼飯にするか」
 きれいな水の流れる小川のそばで昼食をとった一行は、風に悩ませながらも順調に旅を続け。その日の夕刻。
「小さな塔が見えた…あれがそうか」
 御者台のジュールが振り向いて誰ともなく問いかけた。
「間違いない、竜望岬の塔…奴の住処である」
 ジュールの肩に現れた使い魔が懐かしそうな口調で話す。
 道はまっすぐその塔に向かっていた。塔の近くには小さな小屋が何軒か建ち並び入り口は板を打ち付け閉ざされていた。
 塔の入り口には小柄な魔導士が立っていた。

 旅するポルカ(第百十話)に続く。